夢枕漠さんの「空手道ビジネスマンクラス練馬支部」です、他の彼の作品に比べると少し地味な感じを受けますが、実はこの本こそが彼の真骨頂なのでは無いか?そんな気がしてしまうほど面白い本です。「キマイラ」に代表されるような派手さは無いですが心に残る本です。あるいは私も年を取った、と言う事かもしれません。
失礼、注:ネタバレ注意。
主人公の「木原」はいわゆる中年のサラリーマン、ちょっとしたきっかけから、ある空手道場に「ビジネスマンクラス」と言うのがある事を知り、悩んだ末に入門してしまいます、たるみきった身体は軽い稽古をしただけでも、悲鳴を上げるほどですが、それでも稽古をするうちに少しずつでも体は鍛えられて行きます。
男ならだれでもが一度は思う「強くなりたい」と言う欲望、心の底にまだそんな思いが残っていた事を知り驚きますが。そんな折り彼はちょっとした事からチンピラやくざに狙われ、あっけなく倒されてしまい、土下座さえさせられてしまうのです。そんなおり肉体関係を持った同僚の若い女性が実は自分の会社の社長の女だった事を知り、度重なった心の鬱憤を晴らすように、空手の稽古にのめり込んで行きます。
空手教室の「ビジネスマンクラス」に新しい指導者「今江」が来る事になったのですが、「今江」とは彼がやくざにからまれるきっかけになった人間でした。空手の一線からは退くようにいわれ悩む若い指導者「今江」、彼は中々回りの人間と打ち解ける事が出来ませんが、「木原」には心の内を打ち明けます。「木原」も空手こそ新人ですが、長年社会人として生きている大人です。「今江」は今まで生活の何もかも投げ打って空手に人生を賭けてきました。しかし才能が足りないのかいくら努力しても勝てないのです。そして館長に一線を引いてはどうかと言われ悩んでいたのです。不器用なほどにまっすぐであるために、人と上手く付き合う事が出来ないのです。
「木原」と「今江」は共通の因縁を持つチンピラやくざに呼び出され、日本刀を持った敵と対峙するのですが、その経験が、日本刀を持った相手にも引かないと覚悟をして死と向かい合う事が、二人の殻を破る事になるのです。
今までの限界を超える事が出来た二人はそれぞれに今まで思い悩んでいた事を実行に移す事になるのです。「今江」は空手のエリート達が出場する全国大会へ、「木原」は今までの仕事を辞め、作家になるべく覚悟を決めます。
この二人は結果はどうあれ素晴らしい体験をする事になるでしょう、人間はだれもが、理想的に生きる事が出来る訳はありません、だれでもが理想と妥協の狭間で苦しみながら生きて行くのだと思います。彼らは幸運なのでしょうか?、それとも私たちの努力が足りないのでしょうか?、おそらくはたとえ妥協をしようとも真剣に生きなければならないと思っていますが。私の努力は報われるでしょうか?、たとえ報われなくとも満足の中で死んで行く事が出来るのでしょうか?
すがすがしいような、胸を突かれるような不思議な読後感が残ります。
空手道ビジネスマンクラス練馬支部 価格:¥ 1,631(税込) 発売日:1992-12 |
空手道ビジネスマンクラス練馬支部 文庫版 価格:¥ 775(税込) 発売日:1995-11 |
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